2020 | 3_27 | Friday
Wilhelm Kageのテラ・スピレアの考察
コロナウイルスが相変わらず世間を騒がせており、今週末は首都圏で不要不急の外出禁止例など、本当に心配が尽きない日々が続いております。桜も満開と言うのに、感染も少し落ち着いて人出も緩んだと思いきや、ここ数日で、一気に感染と緊迫度合いが増してきてしまいました。人生の中で、震災があり、台風や洪水もあり、疫病までも起こるとはまさか夢にも思っておりませんでした。早くの終息をいたします様に、心より日々お祈りをするばかりでございます。外出ができませんと、まさに晴耕雨読でございまして、たまにはブログの読み物のノートを更新しようと思います。今回は、前回ご紹介時よりも、かなり多くの方にご注目、そして作品をお願いいただいております、ウィルヘルム・コーゲ作品の中でも、テラ・スピレアに焦点を絞ってのご紹介です。只今制作中の「作品帖3」では、コーゲ作品とフリーベリ作品の名品が大豊作でございまして、ページ数に全くおさまらず、今回はコーゲ・フリーベリの2大特集ともなりそうでございます。
今回のノートは前回と同様に、ウィルヘルム・コーゲ作品のご紹介です。コーゲについて、またFarstaシリーズについては前回の記事も併せてご覧いただければと思います。
コーゲは元々、ドイツのミュンヘンでグラフィックデザインを学び、1910年代前半にはスウェーデンのポスターデザイナーの草分け的な存在として高い評価を受けていました。その後、スウェーデン工芸協会の後押しを受けて、1917年にアート・ディレクターとしてグスタフスベリ製陶所へと迎え入れられました。コーゲはスウェーデン工芸協会のスローガンに沿って、「労働階級者の人々のための機能的でかつ美しいサーヴィス(テーブルウエア)」を次々にデザインし、高い評価を獲得していきました。イギリスのアーツアンドクラフツ運動やドイツのバウハウスの流れが、コーゲによってここスウェーデンでも見事に花開いたとも言えます。
その中でもコーゲの陶芸一点物シリーズ、Farstaシリーズはテーウルウエアとは一線を画すものであり、普段使いのものとは別のラインとして1931年より制作を開始しております。推測ではありますが、アールヌーヴォーからアール・デコの流れの様に、貴族階級ではなく労働階級者の人々のための芸術品を、コーゲは作りたかったのかもしれません。コーゲも1925年のパリ万博、通称アール・デコ博覧会でグランプリを受賞しており、時代の寵児としてその責任を体現しているとも感じられます。元々総合的な芸術や美術に造詣が深いコーゲですが、制作当初の段階ではまだ迷いがあるのか、サザエの様なボコボコとした突起のある器や、中国の青銅器などの流れを組む器を中心に制作していた様に思います。彼の器が一気に変化を遂げたのは、スウェーデンのグスタフ国王が宋の時代の器、特に青磁などの収集家でもあり、その器を国策で研究をしようという流れが1935年より始まり、グスタフスベリ製陶所とディレクターのコーゲにその白羽の矢が立った近辺からと感じます。この辺りからベルント・フリーベリもコーゲの轆轤師として加わっており、師弟の作品制作が開始されてもおります。30年代後半から40年代は、何度も試行錯誤を経た片鱗の伺える、宋代の器を模した作品が多くなり、陶芸作品としての魅力が一段と増してきております。そして第二次世界大戦を経て、1945年にウィルヘルム・コーゲ、ベルント・フリーベリ、スティグ・リンドベリの師弟三人展がNKデパートで開催をされて後、三人の独自路線と黄金期が始まりました。コーゲの最高傑作は、ここより亡くなる60年までの15年間の間に作られたものがほとんどで、作品の完成度もまさに至高を極めます。
陶芸一点物ラインのFarstaシリーズの中でも、その頂点にあるのが、テラ・スピレアと呼ばれるシリーズで、これは「小手毬の地球」という名前が付けられております。小手毬の小さな花を地球に見立てて、台座に配すと言うシリーズで、底面サインにはFarstaという表記はありますが、Terra Spireaと言うサイン表記はありません。台座のあるものの通称でもありますが、コーゲ自身がそう呼んでいた様です。彼の宇宙観や哲学を総合した最終到達点でもあり、ロダンの像のように、台座の上の人物像のような具象的な対象物をより抽象化して、よりアイコン的、オブジェ的なものに変容させるという、陶芸というよりもむしろ彫刻的なアプローチで作られており、Farstaシリーズ全般に言えることですが、コーゲは世界でも陶芸で彫刻表現をした先駆者とも呼べる存在であると言えます。
1990年代初めに50年代にコーゲと共に作陶や絵付けをしていた女性作家、Karin Bjorqvist(カリン・ビョールクヴィスト)にグスタフスベリで会った人物の話では、このテラ・スピレアは1955年から亡くなる60年の最後の5年間に僅か、500から多くとも600点しか作られておらず、その内、1958年の10月にニューヨークで開かれた、ウィルヘルム・コーゲ展にテラ・スピレアだけでも150点を出展してしまったため、スウェーデンには400点あまりしか残っていないとのこと。ビョールクヴィストはコーゲ死後にあまりの悲しさから、スタジオに残っているFarstaの器に一つづナンバーを入れて、グスタフスベリミュージアムに収めた人物でもありまして、今現在、旧蔵品として放出されている白いペイントのナンバーは彼女たち絵付師の手によるものでもあります。しかしコーゲはなぜこのような作品を、どういう意図で制作したかは、ビョールクヴィスト初め誰も知らないそうで、その哲学は現在では作品の佇まいだけが物語っております。
最大級のテラ・スピレア作品たちです。台座は大きさによって形状や作りが変わってきます。一番大きなものは、赤茶の円柱のものが用いられておりまして、左のものが最大級の作品です。テラ・スピレアのほとんどの作品は素地に細かな掻き落としが入れられ、さらに絵付けが施されるものもあり、肌がマットなものと、上から澱青釉をずぶ掛けして青く発色する光沢の肌のものがあります。形はフリーベリが作りますが、その後の掻き落としや絵付け、釉の塗りやずぶ掛け全てはコーゲが担当しております、轆轤の上で楽しげにコツコツとタバコを燻らせながら器を制作するシーンは、グスタフスベリミュージアムのコーゲ展でも印象に残る写真でありました。その中でも縦方向に掻き落としが入れられ、横方向に赤と黒の絵付けが施された、古代ペルシャなどに見られる裂地のような文様は、テラ・スピレアの中でも最上手とされておりまして、宮内庁に贈呈され、収められているコーゲのテラ・スピレア作品も同手の文様が入れられております。右側のものは、土に黒と赤が練りこまれているような作品で、飛びカンナの様な文様も入れられており、かなり珍しく同手の作品は有りません。
こちらも大きなテラ・スピレア作品たちです。右側と真ん中が澱青釉をずぶ掛けしたもので、バケツに入れられた泥のような白濁した液状の釉に、器を手で持って、ドバッと突っ込んだ後、そのまま焼成をします。焼成をすると不思議と透明感のある青に発色をして、下地も透けて見える複雑なレイヤーを楽しめます。どちらも台座まで釉が流れ込んでおり、このダイナミックな釉垂れが一番の魅力です。真ん中の作品は真っ黒な素地に澱青釉が掛けされており、この手の作品は宋代の器からヒントを得たようで、30年代から制作されておりまして、青い発色がより強調されて、濃く深い青の透明感が得られます。
上の4点は、テラ・スピレアの中でもミニチュアサイズの作品たちで、全500点余りの中でもほとんど制作されておらず、本当に希少です。この手の作品は独特のグスタフスベリスタンプが押されており、それが底面に押されているかでミニチュア作品と判断できます。小さな中に裂地文様が施されたものも有り、もう今後は二度と現れることがない名品たちと思います。
まるで胴の合間から涙が流れるような作品たちです。素地には最上手の裂地の文様が施されており、そこからナイフで削ったような跡が有り、澱青釉がスッと流れ落ちております。実物は頭を殴られたような、衝撃的な緊張感のある作品ですが、制作は極めて難しく、マットな肌と光沢のある澱青釉を混在させる難しさは、相当な熟達した技が無ければ成し得ません。勿論のこと、フリーベリの技術が冴えわたっておりますが、制作が難しいのか、同手の作品はほとんど無く、恐らくはこれを含めて制作数は数点のみと思います。
真ん中は珍しい緑釉の作品で、最大級の作品ですが、繊細さを重視したのか、台座は小さなものと同じ仕様です。テラ・スピレアに限らず、マットな肌のFarsta作品は、初めに釉を塗り、そしてサンドペーパーで削り、暫くして後に、また釉を塗り、サンドペーパーで削るという工程を経ており、最後に自分の納得のゆく表情になるまでその作業は続けられ、焼成に回されます。この錆びついたような、または自然の岩肌のような複雑な表情は、その長い工程で生み出されており、まるで油絵の制作にも似ているように思います。感性と技術が不雑に絡み合うコーゲ作品は、極めて高次元で完成をしており、その素晴らしさに息を飲みます。
こちらはコーゲの娘さん、クリスティーナ・コーゲのコレクションだったもの。クリスティーナさんは昨年の2019年に亡くなり、愛蔵の品々が市場に売り立てに出されました。プライベートコレクションとしてウィルヘルム・コーゲから家族へと引き継がれましたが、私物的な様相が強く、壊れているものや破れているものも多いものでした。ほとんど拾うことはできませんでしたが、売り立てのテラ・スピレアは僅かに数点のみで、特に完品はこちらのみだったと思います。その他にも、澱青釉の7点セットが出て参りましたが、そちらは作品帖3に掲載予定でございます。
最後にマットな青いテラ・スピレアです。これは本当に珍しく、未だに同じものはありません。鮮やかで上質なマットな青の色が美しく、スウェーデン国旗のカラーでもある為、国王の為など、何か特別な事に制作をされたものと推測されます。気品さと上品さがあり、素晴らしい佇まいの逸品です。
コーゲ作品はお写真に映らない何か特別なものを携えており、実物をご覧になった方々はその佇まいに足が止まってしまい、他の作品をご覧になりにいらした方も、結局コーゲを手にとってしまうことも多々あるほどです。テラ・スピレアに限らず、Farstaシリーズには祭器のような不思議な力が有り、その深い魅力は計り知れません。東京国立博物館のエジプトのコーナーで、古代のエジプト土器が並べられていますが、コーゲ作品が並んでいるのかと見紛うほどで、彼もやはりそこから強いシンパシーを得ていたものとも思います。有り難いことに今回ブログに掲載の作品全てを含めまして、既に100点弱のテラ・スピレアを扱うことができまして、総数の5分の1程が日本へと将来できましたが、当然いよいよ作品は無くなってきておりまして、金額も一段も二段も高くなって参りました。コーゲは昔から珍重されている為、直しが多く、全てが完品ではありませんが、テラ・スピレアだけは別と思います。まだまだこの良さを知って頂くために、新たなテラ・スピレア作品、またFarsta作品を探している最中でございまして、次号の作品帖3でも数々のテラ・スピレア作品を多くご紹介予定でございます。乞うご期待であります。コーゲ愛が強すぎて、長くも熱いブログになってしまいましたが、コロナ騒動の中、少し立ち止まって読み物を楽しんでいただければ幸いでございます。
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2020 | 3_4 | Wednesday
お預かりのお品物2020 その2
コロナウイルスが世間を騒がせており、心配が尽きない日々が続いております。暖かく湿潤な春の訪れと共に、ウイルスの早くの終息を願うばかりでございます。さてこのコーナーでは、お預かりしている作品で、以前に扱いのありました作品を中心にご紹介しておりますが、今回はその2回目でございまして、ミニチュアなどの小振りな作品たちのご紹介です。
初めは、グスタフスベリ製陶所に在籍をした作家で、スティグ・リンドベリの轆轤師を担当していた、スヴェン・ヴァイスフェルトの作品です。ヴァイスフェルトのGalleryのトップページにも長年掲載をしているもので、お店を始める前から持っていた思い入れのある作品でもあります。ヴァイスフェルトの作品は、数あれど、この洋梨の様な、口先下が窪んだ形の作品は、後にも先にもこれ一つだけで、何とも言えない、生き物の様な柔らかい曲線の佇まいは、本当に素晴らしいものです。
SW2003_01 スヴェン・ヴァイスフェルト 黄釉花器 高さ8.5cm 幅5.2cm 1985年制作 (ご売約)
お店を始めた当初からご愛顧いただいているお客様の持ち物で、日本を代表するフリーベリコレクターのお一人の所蔵品です。これは光沢のある肌の作品で、釉薬を掛けたのちに透明釉を最後に施釉することで、窯の中で窯変を起こして、この複雑な表情を作り出しますが、光沢肌の作品は、表情の良さと佇まいの繊細さが評価と価値を分けると言っても過言ではありません。小振りな扁平花器ですが、釉と形のバランスが整った良い作品で、流石はフリーベリを数見てきたお方のセレクト作品です。
BF2003_01 ベルント・フリーベリ 辰砂釉扁平花器 高さ5.7cm 幅7.7cm 1974年制作 (ご売約)
続いてもベルント・フリーベリの作品で、酒盃サイズの碗型のものです。ミニチュアよりは少し大きなもので、手で摘める手取り良い作品と思います。とにかく釉の表情が抜群で、鮮やかな緑と辰砂の様な赤の釉のコントラストが美しく、外側に出た斑の様な景色は素晴らしいの一言です。小振りな体に、キュッと詰まった存在感を感じるもので、65年までの作品はフリーベリ本人の手による作品でもあり、作行きは脂の乗り切った黄金期のパワーをヒシヒシと感じるものです。
BF2003_02 ベルント・フリーベリ 辰砂釉盃 高さ4.1cm 幅5.6cm 1961-62年制作 (ご売約)
こちらもベルント・フリーベリの酒盃サイズの作品です。上のものと同じく、ミニチュアよりは少し大きなもので、手で摘める手取り良い作品と思います。鮮やかな緑と辰砂の様な赤い釉の表情が美しく、また紙細工の様に極薄手の口縁は、張り詰めた緊張感と精細さを感じさせるものです。あまりの薄さのためか、製作時に出来たと思われる極小のホツが口縁にあります。この薄さと研ぎ澄まされた佇まいは、光沢のある釉では珍しい50年代製作というのも頷けます。
BF2003_03 ベルント・フリーベリ 辰砂釉盃 高さ3.4cm 幅6.7cm 1958年制作 (ご売約)
続いてはベルント・フリーベリのミニチュアサイズの花器作品です。瓶子型の定番の形をしておりますが、胴がプリッと良く膨れて、小さな口先とのバランスが整っております。表情はシンプルな赤い釉と煙の様な鼠の釉が混ざっており渋い景色をしております。こちらもこの釉には珍しい50年代製作のもので、薄手の作りや、シンプル且つ繊細な佇まいは、50年代の特徴を良く表しております。
BF2003_04 ベルント・フリーベリ 辰砂釉極小花器 高さ9.5cm 幅5.1cm 1958年制作
最後はベルント・フリーベリのミニチュアサイズの花器作品です。樽形の胴に開いたラッパ形の口先のついた、フリーベリ定番の形をしております。表情は大変に美しく、緑と赤の釉のコントラストもきれいに出ており、緑釉がポツポツと星の様に斑に出たり、口先下では吹き付けた様な梨地になったりと、複雑で見所たっぷりの景色が魅力的です。ミニチュアの中でも小振りなものですが、この小さい胴の中にギュッと詰まった緊張感が良いものです。
BF2003_05 ベルント・フリーベリ 辰砂釉極小花器 高さ4.6cm 幅3.5cm 1963年制作 (ご売約)
この度も長々と失礼をいたしました。こちらで以上でございます。お気に留めていただいた作品がございましたら、さらに詳細なお写真とご説明をお送りさせていただきますので、どうぞお申し付けくださいませ。只今「作品帖3」も製作中ですが、まだ届いていない作品もあり、4月には何とか次号を完成できればと思っております。
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